1998年11月28日

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機内食

ロサンゼルス空港に行って大韓航空に乗ったんだけどさ、イヤーなかなか凄いフライトだったよ。席は通路側を取ったんだけど、俺の隣に来た韓国人はコテコテのおじさんでさ。日本だったらサンダルで電車乗ってスポーツ新聞読みながら競馬に行くような人かな。飛行機が飛び立つとスチュワーデスが新聞を配るんだけど、いたるところで新聞を広げる人がいるんだ。俺の横2人組みのおじさんも例に漏れず俺の席の方まで侵略しながら新聞を見はじめたよ。小学生の頃言ったように、「ここまでは俺の領土だからな!」とか言いたかったよ。大韓航空のロスからソウルはほとんど95%が韓国人なんだけどさ、ノリはもう日本人の1昔前の感じだったな。昼はビビンバか魚料理から選べたんだけどさ、みんながビビンバを食べ始めた瞬間に機内は焼き肉屋の匂いが漂ってくるんだ。俺は別 に嫌じゃなかったけど、かなり凄い匂いだと思うよあれは。もちろんビビンバを俺も食べたけどさ。
日本上空を通りすぎてソウルの空港へ。大韓航空のタッチダウンは下手だった。もうドスンって落ちる感じで。着地の衝撃で1個所酸素マスクが落ちてきたよ。あそこの乗客はビビッたろうなぁ。あんなもん落ちてきたらさ。

1998年11月28日

北米縦断の旅の時に韓国人との縁が非常に多く、一度いってみたいと思うようになっていました。
北米の旅の帰りに寄り、カナダで出会った人との再会をしています。
日本と似ているようで似ていないようで、韓国をとても身近に感じた旅になりました。

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11月2日

運送会社を探すためにサンディエゴから電話を何件かしてみました。
いろいろと聞きたい事もあったので、日系企業が便利だろうということで、
そちらを主に当たっています。

サンディエゴの会社は2件電話しましたが、
あっけなく扱ってませんと言われ、話が終わってしまいました。

ロスへは行きたくなかったので、
サンディエゴの現地のシッピングカンパニーを当たろうかとも思いましたが、
ロスまで2日かけても日系企業に頼んだ方が安心だし、
何かとトラブルもないだろうと言うことで、ロスの日通 に連絡しました。

ロスの日通は代表ナンバーしか持っていなかったので、電話をたらい回しにされ大変でしたが、
5回くらい電話をしたら、やっと船でのシッピング部署にたどり着きました。
そこで書類のこととかこちらの日程をつげ、ロスへ行き送ってもらう事を約束しました。

 

11月5日

担当者に電話して、明日に受け取ってもらうことをつげました。

 

11月6日

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日通USAロサンゼルス

バイクに乗って電話で聞いていた日通へいきました。
電話で打ち合わせはしてましたが、
書類のことや日本での受取時期について話しました。
書類についてはカルネでアメリカには入ってないのですが、
自分のバイクであるという証明が出来る書類、
つまりカルネがあればいいとのこと。

受取は韓国へよっていくつもりだったので、
帰国に合わせて日本へ到着するように日程を
くんでもらいました。
アメリカで保管しておかないと、
日本で保管料をとられる可能性があるといわれたからです。
後は書類を渡し、見積もりをもらって、
書類とバイクを置いて帰ってきました。

1998年11月27日

in California

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ロスへ向かってGO!

3つの選択があったんだ。明日飛行機が出るから、サンディエゴの空港近くへ泊まるか、サンディエゴからロス空港のシャトルバス乗り場の近くへ泊まるか、ロスの空港の近くまでいってしまうか。一番危ないのはサンディエゴの飛行機らしくて、すぐ遅れるんだって。いままでも何人も乗り換えに失敗してロスからの飛行機に乗れなかったらしい。でもフリーシャトルはとんでもない所から出ていて、宿をその近くに取らないと絶対に乗れないの。平日ならダウンタウンにいればOKなんだけどさ。一番安全なのはロスまで自力で行っちゃう。朝の飛行機だから時間に余裕も出来るし、空港近くの宿は空港まで送ってくれるしさ。

考えれば考えるほどロスへ行くのが一番いいんだけど、大変なんだよね。でもやっぱりロスへ行くことにして、スケボーに荷物乗せて引っ張っていったの。でも荷物を載せててもスケボー乗れるんじゃないかと思ってやったらダメだったから積み方変えて乗れるようにしてみた。これはラクチンかもしれない。ダウンタウンまで一緒に行ってメシをくったトモ君も「それいいっすね。」って。ホントにいいって思ってるかは知らないけど、ラクチンだからいいや。

グレイハウンドのチケット買ってトモ君と別れたんだけど、彼に「日本に帰ったら飲みましょうね。」って言われた時はムチャクチャ感動したよ。彼に言われて嬉しかったね。彼はたぶんキライな奴にはそんな事言わない人だし、俺自身が彼に少し魅力を感じてたからさ。言っとくけど、俺はゲイじゃないよ。人間的にいい奴ってことね。そういえば一緒に映画見に行った女性も彼は良いって言ってたよ。

ロスのバスディーポから市バスで空港へ行こうと思ってたんだけど、タクシーに乗ってみたくなってタクシーに乗ったんだ。もちろん料金は高いけどね。タクシーの運ちゃんはいい奴だけど、アメリカでは低い身分なんだろうね。そんな感じを凄く受けたよ。アメリカは中の上以上の生活しないと暮らしにくいと思うよ。日本よりも断然にそんな身分があると思う。貧しい人は本当に貧しいしね。実力主義って言えばそうなんだけど、貧しい人がアメリカへ来てもほとんど成功しないしさ。良い仕事はアメリカ人とか日本人でもずっとこっちに居る人しかなかなかつけないし、よっぽどがんばらないとウマくいかないと思うよ。甘い夢だけではやっていけないね。でも何かやりたいって人にはチャンスはある国ではあると思うけど、厳しい国だとは思うよ。話しは戻すけどさ、運ちゃんに安い宿聞いて、そこへ連れてってもらったんだ。いろいろ運ちゃんが安いホテルでシャトルもあるとか説明してたけど、案の定ホテルから連れてきた代金を貰ってた。まあ俺は安くて快適だからいいんだけど、こういうのも彼らの生活の足しになってるんだろうなぁ。

LAX近くのホテル

 

韓国食い倒れの旅へ続く・・・

1998年11月26日

in California

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スケートの師匠

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スケートでココまできたのだ

朝一番でトモ君とサンセットクリフっていうスケボーで30分くらいかかる所へ行く事になったんだ。まあ滑りはともかく久しぶりの運動は気持ちいいね。それにアメリカっていうのがまた気分いいや。サンセットクリフはトモ君に言わせれば、神奈川といえば鎌倉、千葉といえば九十九里、サンディエゴといえばサンセットクリフっていうくらいの所らしいよ。彼は長い間サンディエゴにいるからさ、いろいろ知ってるんだよね。いろいろって言えばさ、彼は22歳なんだけど、かなりしっかりした考えを持ってるし、味がある人だと思うよ。サンセットクリフで海をみながらいろいろ話しをしたんだけど、とても22歳とは思えない。俺が22歳だった時ってもっとダメだった気がする。彼もやりたい事とかはまだ探してるみたいだけどね。でも学生じゃないんだけど流されまくってる学生とは違って、メッチャがんばってるのが良く分かるんだ。見た目はさサーファーっぽいだけなんだけどさ。彼はずっとサンディエゴのホステルにいて、いろいろな日本人を見たし話して、彼の考えるダメな事と良い事っていうのがもう分かってるんだ。それで彼なりに良い方に向かって努力してるの。でも彼と話してマッタクその通りだと思ったんだけど、アメリカってただの旅行者じゃない日本人がすごくがんばってるよ。アメリカで何かやってやろうとしてさ。もちろんただの旅行者もいるんだけど、これは今回の俺の旅行でかなり刺激になったと思うね。トモ君を含めてさ。

何人か日本人はいるんだけど、トモ君も俺も好感を持った日本人の女性とトモ君と映画を見にいったんだ。ミートジョーブラックねブラッドピット主演の。ストリーに関しては聞かないでよ。3人とも英語力不足で3者3様のストリーが出来ちゃったから。もう痛感だね、字幕なしで映画を見れるくらいの英語力がほしいよ。英語力があれば外国人ともっと深い話しも出来るしさ。サンディエゴでもロスでも外人とは話しをしてるんだけどさ、日本人のように話しは出来ないから印象薄いんだよね。ロス、サンディエゴは魅力的な日本人がいっぱいいて、そっちの話しを聞いてる方が楽しいしさ、きっと外国人にもそういう人はいるんだろうけど、良い奴か悪い奴くらいしかわからないもんなぁ。

オーシャンビーチのホステル