1999年08月16日

1999年8月
Route横浜-寺泊-佐渡-直江津-志賀高原-草津-軽井沢-藤岡-横浜

佐渡へ行ってノンビリとするつもりが、フェーン現象でとんでもない暑さ。
あまりの暑さにノンビリ過ごすことをやめて、信州へ涼しさを求めて移動してしましました。
XR100で行ったため時間的にも余裕もなくなり、
ノンビリツーリングが走れ走れツーリングになってしまいました。

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<佐渡へ向かう>
現カミサンとツーリング。
ペースを合わせるために
XR100で佐渡に向かいました。

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<鉄砲鼻>
佐渡の澄んだ海が
歓迎してくれました。
佐渡の海はきれいです。

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<海水浴>
あまりに暑いので、
キャンプ場にテントを設営して
すぐに海に入りました。

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<キャンプ場>
海で遊びたかったので
海沿いのキャンプ場にしました。

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<焼き物>
今日のキャンプの食事は
いただきもののサザエの壺焼き。

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<ふなむし>
岩場の海のキャンプ場らしく、
フナムシもいました。

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<温泉プール>
ワイドブルーあいかわというそうで、
横浜にあったワイルドブルーと
間違えてしまうようなネーミング。

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<町並み>
ちょっと古い町並みは
旅心をくすぐりますね。

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<どんでん山>
佐渡の両津がみれる、
景色の良いところです。

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<大野亀>
佐渡の観光名所の一つ。
花の季節も良さそうですね。

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<二ツ亀>
遠くに見えている島が
二ツ亀です。

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<佐渡金山>
坑道の中ではリアルな人形が
一生懸命働いています。

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<直江津へ>
暑さに負けて佐渡を
去ります。フェリーで
直江津港へ向かいます。

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<志賀高原>
志賀高原へやってきました。
さすがにこっちは涼しい。

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<キャンプ場>
佐渡と違い涼しく
過ごすことができました。

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<横手山>
天気はイマイチだったけど。
横手山のリフトに乗りました。

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<横手山>
天気が本当に残念でした。

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<白糸の滝>
途中に白糸の滝があったので
寄りましたが、
霧でなんにも見えませんでした。

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<草津>
草津温泉にはいりました。
その後は雨にたたられながら
帰りました。

1999年05月08日

1999年5月 GW
Route横浜-八幡平-十和田湖-奥入瀬-横浜

なんというか、ノリで東北まで行くことになった。期間は4日。
ただ遠くへ行きたかっただけのような気もする。
少ない時間のなかで回りましたが、これはこれで楽しかったです。
こんな無理なスケジュールでの旅はオススメできませんが。
ほとんど走っていたため写真もあまりありません。

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<アスピーテライン>
変化に富んだ好きな道の一つです。

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<八幡平>
5月はまだ雪があるのです。

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<十和田湖>
十和田湖を見て、奥入瀬へ。
定番ドライブルート。

アッっという間の15日だったな。韓国にそんなに居てもする事ないでしょ?って言われたりもしてたけど、友達のおかげで楽しく貴重な時間を過ごす事ができたよ。いろんな人に会って、いろんな話しをして、いろんな体験をして、やっぱり行って良かったと思ってる。次に旅出来るのはいつになるかワカラナイし、また一人で旅に出たいって思うかどうかもワカラナイけど、今回会った人とか聞いた話しとか、とにかくなんでも大切にしていきたいと思うな。

日本の自宅PM5時着

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半年ぶりに無事帰宅

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日本でのごちそう!

1998年12月12日

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プサンの町

ついに帰国1日前になって少し感傷的かも。昨日ノンビリしたから朝からプサンの町をうろついてみたよ。チャガルチ市場を通ってずっとプサン駅まで歩いたんだけど、景観的には日本と似てるからそれほど面白くないんだよね。でも日本では見られなくなった屋台がまだここでは見れるから少し違うっていえば違うけどさ。とりたてて何も欲しいものはなかったから、ただただ雑踏の中を歩いて、プサン駅からソンミョンっていう副都心的な地域へ地下鉄で行ってみたんだ。そこはね若い人がいっぱいいる町だったよ。地下街は横浜ダイヤモンド地下街を思い出し、外もまあ日本的。これといって見たいものもなかったから、観光客らしくロッテ百貨店を覗いてみることにしたんだ。7階までは普通の百貨店で韓国人もたくさん買い物に来てるんだけど、8階のデューティーフリーショップは日本人だらけで、これまた不思議な感じ。店員は日本語で商品を薦めるんだけどさ、ソフトな表現を使う物売りって感じ。説明するとさ、屋外の市場的な所では、例えばソウルの市場の革製品を売ってる店とか結構強引な感じの呼び込みなんだけど、それとマッタク同じに感じたよ。ただ表現が柔らかいし、そんなに強引じゃないんだけどやっぱり押し売り的に感じたなぁ。これがダメならあれを売るみたいなさ。柔らかいだけに、余計に何か買わなきゃって感じも受けるのが不思議だったな。でも楽しむなら、強引商法な所の方が面白い気もするし、楽しむ気になれば楽しいような気はするなぁ。まあとにかく8階で日本人がお土産を物色してるのを「どこにこんなに日本人がいたんだ?」って思いながら何にも買わずに店を出ちゃった。

地下鉄に乗るとさ、必ずって言っていいくらい珍しい物が見れるんだ。それはね商品販売のおじさんとか身障者の人の物乞いとか。身障者の人の物乞いは見ていても心が痛くなるし、あんまり見たい物ではないんだけど、彼らは物乞いといえども、キレイな身なりをして音楽を鳴らしながら地下鉄を歩くの。かなりの人がお金を入れてあげてるね。トシは「儒教の教えからきてるのかな。日本じゃ絶対お金を入れないよね、あんなには。」って言ってたけど、これは俺も良く分からない。でも商品販売のおじさん達は見ていて面白い。今までに、縫針セットを売る人と、ビニール袋を圧着する道具を売る人と、地図を売る人を見てたけど、圧倒的に売れてたのは縫針、全然売れてないのは地図だね。見ていて面白いのはビニールのやつ。おもむろに電車の中でカバンから、水の入ったペットボトルとビニールを取り出して、ビニールに水を入れビニールの上側の開いてる部分をその道具で止めるの。もちろん大声の口上付きでね。そしてビニールを逆さにしたり、別の所をその道具で止めてみたり、とにかく面白い。実演販売が電車の中で見れるんだよ。でもそれは「おお!」ってみんな思うんだけど買わない。汗をかきながらおじさんは隣の車両へ移っていっちゃったけどさ。

プサンの旅館泊

1998年12月11日

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ジンウの家

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ジンウの住んでる村

どうしようか考えた結果、ジンウーの家を出て、プサンへ行く事にしたんだ。彼が今は試験の季節で忙しいこともあるし、何日もお邪魔してても悪い気もするし、彼のお母さんと全くコミュニケーションが取れないから余計に悪い気がしてきたんだよ。それに少しはプサンも見てみたいしさ。プサンへ出るには少し彼の家は遠くて、また不便な所にあったし、なによりも彼とは十分に話しをして、楽しませてもらったしね。

ジンウーに連れられてバスターミナルへ。そこで彼は質問してきたんだ。「バスターミナルがプサンには2つあるけどどっちに行く?」すぐにピンときたね。バスは西部バスターミナルに着くものと思ってたんだけど、トンネっていう温泉町が近い東部バスターミナルに行くやつもあるんだって。地図を見せて「ここへ着くバスがあるの?」って聞いたら、「ある。」って。彼もそっちに着く方を薦めたんだけど、俺も出来ればそっちに着きたかったんだ。なんでかっていうとさ、そっちには地下鉄が走ってるから。バスで始めての場所に行くってどこで降りていいかよく分からないじゃない。地下鉄なら、目的の駅で降りればいいから簡単だしね。ってことでトンネっていう町へ行くチケットを買ってもらって、「じゃあまた。」ってバスに乗り込んだんだ。なんだか少し寂しかったね。

バスは順調に走ってたんだけど、料金所の手前でさ割り込みしたクルマの運転手とバスの運転手がいきなり料金所を出てからバスを止めて口ゲンカしはじめたんだ。俺はどういう状態で割り込んだのかハッキリ見てなかったけど、「ああ韓国人の熱い血が、、、、、」って感じ。たぶんどっちもどっちなんだよな。かなり強引な割り込みとか日常茶飯事だしさ。まあケンカにはならないでバスはトンネに着いたからよかったけどさ。

ここから地下鉄で繁華街へと思ってたんだけどさ、ここの場所も意外にも便利そうだから、この辺に宿を取る事にしたんだ。便利ってのは近くから空港に行くバスも出てるし、地下鉄も近いからプサンの町へも身軽にいけるしさ。ってことでチェックインしたら、なんだかドッっと疲れが出て来て、最近疲ればっかり出てるけど、やっぱりジンウーの家で気が張ってたのか、トシに貰った直りかけ風邪もブリ返しちゃった。プサンの町に出るのはヤメて、少し寝て近くをウロウロする事に変更。町は普通の町だけど、市場が出てるところとか外国人がマッタクいなくてさ、なんか見てると韓国語で話し掛けられてばっかり。ワカラナイって。やっぱり韓国語も少し勉強したいね、次に来るまでにはさ。

ジンウの家泊